S Pass(Sパス)取得最低給与引き上げに見るシンガポール政府の雇用政策と製造業振興

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S Pass(Sパス)取得最低給与引き上げに見るシンガポール政府の雇用政策と製造業振興

シンガポールにおけるGDP(実質)に対する産業別寄与度は製造業が19.2%(2017年実績)で最大となっている。
金融や貿易、観光のイメージが強いシンガポールではあるが、日本の21.0%(2016年実績)と比較しても遜色はなく、製造業立国としての意外な一面を持っている。
以前のEDB(経済開発庁)の関係者からシンガポールは、雇用確保の面からもこの水準を維持する方針、との話を聞いたことがあるが、今回のS Pass取得最低給与引き上げ等の動きを見ると、シンガポール政府が雇用政策と産業振興の両立のために、厳しい舵取りを強いられていることが見て取れる。

S Passとは

話を進める前に「S Pass」について簡単に説明する。
S Passは中級レベル以上の技能者を前提とした就労ビザで、主に製造業やサービスに従事する外国人労働者に付与される。
日本から派遣される駐在や現地採用でも、製造業や建築・プラント関係などで現場監督的な業務、美容院などのサービス業に従事する場合にS Passを取得していることが多い。
もう一つの就労ビザであるEPは最低給与がS$3,600以上であること取得条件であるに対して、S Passは現行S$2,200となっており、この金額だけ見るとS Passの方が取得しやすくなっている。

ただS Passは企業の業種によって全従業員数のうちの取得者の割合が制限されており、サービス業においては全従業員の15%まで、その他の業種では20%までに制限されている。
また、S Pass取得者を雇用した場合、企業は1人につき最大S$650を税として納めなければならい。
詳細はMOMのサイトを参照して欲しい。
S Passホルダーは毎日隣国マレーシアのジョホールバルから通勤してくるような労働者をはじめとして、シンガポールの「現場」を支える重要な役割を担っている。
シンガポールに工場を持つ企業では、多くの場合管理・開発部門は非S Passホルダーがほとんどで、 製造現場ではS Passホルダー比率が高くなっており、全体としてS Passホルダー取得者の割合が制限内に収まるようにしている。

S Pass取得最低給与引き上げ

そのような中、先日発表されたのが「S Pass取得最低給与引き上げ」等の施策だ。
現行のS$2,200が2019年1月にS$2,300、2020年1月にはS$2,400に引き上げらることが公表された。
「より高度な外国人労働者確保のため」というのがお題目だが、外国人労働者の規制強化という側面もあることは疑いない。

強まる「シンガポーリアン・コア」

今回の件に限らず、近年の外国人雇用の規制強化の背景には「シンガポーリアン・コア」と呼ばれる政策がある。
実際には政策名として存在するわけでもなく定義も曖昧なのだが、マスコミ用語として定着してる言葉だ。
「シンガポール人の国内労働力に占める割合を2/3にする目標を掲げた政策」と説明されることが多いが、実際にはすでに総労働人口の2/3はシンガポール人なので、厳密に言えば「現行の水準を維持」する政策だ。
詳細は下記のMOM(人材開発省)のリム・スイセイ大臣の演説を参照して欲しい。
 
シンガポールが経済成長を続けるには、労働人口や生産性の拡大が必須だ。
今までは労働力に関しては、日本以上に深刻な少子化もあり(2015年の比較で特殊出生率はシンガポール1.24、日本1.46)、継続的な移民の受入れや外国人労働者に依存してきたが、これ以上外国人労働者の流入が進めば、「外国人がシンガポール人の職を奪っている」という国民の不満が拡大し、政権運営の不安定化に繋がりかねない。
現実的には取るべき政策は限られおり、生産性そのものを向上させる施策の重要性が増している。
その一環として外国人労働者の規制を強化すると同時に、産業構造の転換や、ローカル人材の更なる高度化、IoTやAI、自動化などの先端技術の積極的な導入の支援が挙げられており、実際それらが強く推進されている。

「ウォッチリスト」の運用強化

また一方で、シンガポール人を「PMEs(Pofessionals, Managers, Executives and technicians)」と呼ばれる専門職・管理職層に公平なルールのもとで積極的に登用することを特に外資企業に求めている。
外国人に職を奪われていると感じている人々に対しては、リム・スイセイ大臣は「Pockets of EP concentration」という言葉を使い一部のローカル人材の雇用に非協力的な企業が問題との認識を示している。

その後、実際に雇用に関してガイドラインに従っていない企業が「ウォッチリスト」に載せられ、シンガポール政府による監視対象となり、その中には日系大手企業までも名を連ねてしまう事態となった。
「もうお目こぼしはしない」というシンガポール政府の強い意思の表れと言えるが、ローカル人材と外国人人材の対立という、政治的にも経済的にもマイナスの事態を避けるための施策としての一面も垣間見える。

シンガポールの製造現場と先端技術

さて話をシンガポールの製造業の話に戻す。
シンガポールにある製造業は日系に限らず、どこも人材獲得に苦労しており、特に製造現場を担う優秀なテクニシャンの確保に四苦八苦しているのが現状だ。
すでに多くの企業はシンガポールの高い人件費を避け、マレーシアのジョホールバルやインドネシアのバタムに製造拠点を移すなどしているが、そこでも人材の確保は簡単ではない現状がある。

その解決策として前述の「IoTやAI、自動化などの先端技術の積極的な導入」による生産性の向上をシンガポール政府は支援しているが、それだけでは問題の解決は難しいのが現実だ。
確かにこれらの技術の発展は目覚ましく、シンガポールに限らず世界中で生産革命とも言える技術革新が、これまで歴史上類をみない速度で進んでいる。
だが、これらの技術を実際の製造現場に持ち込んだ際には、それを据え付け、使いこなし、メンテナンスし、維持していく必要があるが、それに携わるローカル人材が量・質ともに不足しているのが現状だ。
シンガポールは最新の設備やシステムの素早い導入は得意だが、その運用・管理があまり得意ではない。

製造業ではないが、MRTの地下トンネル内への浸水事故衝突事故などがその証左と言える。
シンガポールの地場企業を見ても、日本でもなかなか見ないような最先端の設備を持っているものの、それを十分に使いこなせていないことが多い。
先日MRTの運行を担っているSMRTが、相次ぐトラブルへの対策の一つとして、日本式のKAIZENを採用しそれに力を入れていることが報道された。
ただ、その内容たるや「工具の定置管理」など、あまりに初歩的なもので、ではこれまではどうしていたんだと逆に不安が募る有様だった。

シンガポール製造業の技能伝承

先見の明には定評のあるシンガポール政府ではあるが、各産業の足下を危惧している様子も、今回の施策からも垣間見える。
今回のS Pass取得基準の改定は、製造業においては、経験があり熟練したテクニシャンであれば、実賃金はもう少し上の水準であるため、すぐに大きな影響は出ないとは思うが、これがさらに推し進められた場合、企業が熟練工を維持・確保できなくなり、外国人の熟練工の技能が失われる事態になりかねない。

もちろんシンガポールにおいても泥臭い製造業や公共交通などの現場職は若者に避けられがちなので、待遇を改善し、優秀な外国人労働者を確保するの意味でも今回の改定は理解できるが、そのペースとタイミングには企業の体力への十分な配慮が必要だ。
現場を支えている外国人やローカルのベテラン達の技能が、シンガポールの若者たちに途切れることなく伝承されていくような配慮や待遇の改善が、政府にも企業にも求められているのは間違いない。

先端技術を支えているのは、足下の泥臭い現場の技能なのだ。
幸いなことに、良い意味で変わり身の早いシンガポール政府らしく、最近はそういった層の教育に力を入れ始めているし、各企業でも様々な取り組みが始まっているので、それに期待したい。
今回の施策にも、建築や造船などにおいて、特定の国から来ている熟練工の最大雇用期間を22年から26年に延長すること、製造業やサービス業でも18年から22年に延長することなどが盛り込まれている。

熟練工を確保し、労働力と技能伝承し、現場のスキルを向上させるのが目的と思う。
海外に逃げるわけにはいかない公共交通機関などにおいては、外注に頼らず自ら専門知識をもつエンジニアを育てるべきとの声が上がり始めているし、シンガポール政府も民間企業が求める人材の育成に力を入れ始めている。
今後も「雇用」「技術・技能」「国際競争力」の微妙なバランスを睨みながらの、難しい舵取りがシンガポール政府に求められ続ける。

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